もっと知りたいパズルの歴史4:詰将棋もパズルの一種!江戸時代の初期には誕生していた

詰将棋の歴史というと、将棋が存在した時点にまで遡るように思えるかもしれませんが、実は将棋の歴史と比べるとかなり新しいのが特徴的です。

将棋の歴史は平安時代となっていて、奈良県にある遺跡から出土したものが将棋の元祖とされていますが、詰将棋の歴史は江戸時代に作られたというのが有力です。

今回は、詰将棋の歴史について紹介していきましょう。

 

現存する最古の詰将棋は1600年頃に出版された

現存する日本最古の詰将棋は1596年から1615年の間に出版された「大橋宗桂」氏の「象戯造物」となっていて、この書物には詰将棋が五十番掲載されています。

ただし、現在の詰将棋の様式とは異なり、あくまでも将棋の終局時の攻め方について記述した内容となっていたことが特徴的です。

現在の詰将棋には下記の2つのルールがあります。

・王手をかけ続ける
・持ち駒は全て使用する

この2つのルールが定められていますので、当時の詰将棋では最短手順では無いものや、持ち駒が余ってしまうものなどもあり、少しルールが異なります。

現在の図式の詰将棋が確立されたのは1700年頃の話となっていて、当時は名人位を襲名した際に詰将棋の作品を幕府に献上することが慣わしとなっていたことが挙げられます。

しかし、当時の名人位の襲名は現在のようなタイトル戦の様式ではなく世襲制だったことが特徴的です。

そして、九世名人「六代大橋宗英」以降は詰将棋の献上が行われなくなったために、詰将棋の発展は一時停滞することになります。

その後に詰将棋が復活するのは昭和になってからとなっていて、そこから現在に至るまで面々と文化が受け継がれているのがポイントになっています。

 

まとめ

今回は詰将棋の歴史について紹介しました。

詰将棋というと将棋とセットで考えられることも多いために、かなり古い歴史があると思われている節があります。

確かに詰将棋は日本でプレイされているパズルの歴史から見るとかなり古いのですが、将棋の歴史から見るとまだまだ新しくなっています。

2000年代以降はスポーツ新聞や週刊誌、または大手の新聞紙などでも詰将棋が掲載されていて、年代を問わずにプレイされているパズルの一つとなっていることが特徴的です。

将棋に強くなりたければ詰将棋を解くことだと主張しているプロ棋士も多いので、まずは1手詰めや3手詰めなどの簡単なものからプレイしてみると良いでしょう。

 

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