もっと知りたいパズルの歴史3:フランス生まれアメリカ育ちで日本に持ち帰られた数独

「数字は独身に限る」という言葉が有名な「数独」は、現在でも通勤途中や休憩時間などに頭の体操としてプレイしている人が多いパズルの一つです。

数独の起源としては、ヨーロッパの数学者が生み出した方陣をアレンジしたものとされていますが、現在のタイプの数独が考案されたのは40年ほど前と歴史の浅いパズルとなっています。

今回は、数独の歴史について紹介していきましょう。

 

数独の元祖はフランスで生まれた

現在の様式とは大きく異なりますが、数独の元祖はフランスで誕生しました。

フランスの新聞「ル・シエクル」で1892年に2桁の数字を使ったパズルとして数独の元祖が掲載されています。

この頃の数独パズルの内容は、9×9の盤面を埋める現在の数独の内容に似たものですが、3×3のブロックを用いていなかったので、現在のものと比較するとシンプルな内容になっています。

 

現在の数独はアメリカで誕生した

2021年現在、一般的にプレイされている数独の起源に関しては、1979年にアメリカニューヨークの「デル・マガジン社」から出版されたものが始まりとされています。

この頃は「ナンバー・プレイス」という名称で呼ばれていて、現在の数独のように、9×9のマスに数字を埋めていき、3×3のブロック全てを埋めると完成するというタイプのパズルです。

こちらのパズルは、上記で紹介したフランスでのパズルから3×3のブロックを増やしたものとなっていて、その起源は18世紀にスイスの数学者「レオンハルト・オイラー」が考案した「ラテン方陣」または「オイラー方陣」と呼ばれる数式を元にしたとされています。

 

日本では1984年に数独が掲載された雑誌が刊行される

さらに時は流れて、日本では1984年にニコリが刊行している「月刊ニコリスト」の4月号で「数字は独身に限る」というタイトルで数独が公開されたのが初めとされています。

それ以降、数年間ほど「数字は独身に限る」というタイトルが数独の正式名称だとされていましたが、1992年に発行された「パズル通信ニコリ37号」からは「数独」が正式名称となっています。

ちなみに、「数独」という言葉の商標に関してはニコリが所有していますので、勝手に使用することは出来ません。

 

まとめ

今回は「数独」の歴史について紹介しました。

数独は世界各国を渡り歩いて日本へ訪れたパズルとなっていて、歴史を紐解いてみると意外と面白いものです。

海外ではナンバープレースとも呼ばれていて、略してナンプレという名称でも親しまれています。

 

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