もっと知りたいパズルの歴史2:日本では迷路が江戸時代から運営されていた

迷路というと、ノートに鉛筆などで細かく書くことを趣味とする人が学生時代はクラスに1人は居たと思います。

大規模な迷路は遊園地などにも付き物ですが、迷路の歴史は古く、17世紀頃にまで遡ります。

今回は、日本や海外の迷路の歴史について紹介していきましょう。

 

ヨーロッパには迷路に関する逸話が色々と残されている

ヨーロッパの迷路には様々な物語があり、童話の世界でも「不思議の国のアリス」などでは森の迷路にアリスが迷い込むシーンが描写されています。

その他にも、イングランドの王であるヘンリー2世は愛人を迷路園の中に建設した隠れ家に住まわせて、妻から匿っていたが、妻のアリエノールは迷路を解いて愛人を毒殺してしまったという逸話が残されています。

フランスではルイ14世がヴェルサイユ宮殿の中に迷路炎を作ったという記録が残されていて、ヨーロッパ各地の王宮や宮殿などで迷路を作るのが盛んだった時代もありました。

しかし、現在ではその多くの迷路は解体されていて残されていませんので、旅行などをする際にはその点に注意して観光してください。

 

日本での迷路は江戸時代に運営されていたのが初めとされている

日本の歴史の中に迷路が登場したのは江戸時代の頃とされていて、千葉県にある「八幡の藪知らず」を真似て興行として運営されていたのが初めとされています。

その頃の迷路は、入場料を払って無事に迷路から出てこられた人に対して賞品を進呈するというものでした。

この迷路は明治10年頃にも復活しましたが、現在ではその多くが解体されていて、現存する巨大迷路は全国に20箇所程度しかありません。

近年では迷路とアスレチックが組み合わされたものが多くなっていて、平面上の迷路ではなく複数階建ての建物の中が全て迷路になっているなど、奇抜なタイプが多くなっているのが特徴的です。

 

まとめ

今回はパズルの代表格とも言える「迷路」の歴史について紹介しました。

日本でも1980年頃には全国の至るところに巨大迷路が建設されて、最大で100箇所程度にまで膨れ上がりましたが、維持費も掛かるために現在ではその多くが解体されています。

巨大迷路は人工的に作ったものよりも自然の立地を活かして建造されたものが多く、主に地方で建設されたものが多いのが特徴的です。

体力も必要となるので、頭脳と体力を鍛えるために迷路をクリアしてみるのも面白いかもしれません。

 

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